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トーク・マイ・セルフプリベンション
画家 谷川 晃一

雑木林に宿る精霊の力を絵に込めて

広大な自然に囲まれた伊豆高原に住む画家、谷川晃一さん。近年では創作活動以外にもエッセイスト、美術評論家、絵本作家としても活躍すると同時に、『伊豆高原アートフェスティバル』の委員長もこなすなど毎日をアクティブに過ごしています。
 同じく画家だった妻の宮迫千鶴さんと、生まれ育った東京を離れ伊豆高原に移り住んだのは1988年。一目ぼれだったこの地の魅力とは。
 「最初、宮迫が海の見えるところに住みたいと言ってね。あちこち見たのですが、伊豆高原でこの地を紹介されたとき、海も山も見えるこの景色に魅了されて、即決しました。不動産屋に聞いても、来たその日に決めた人は初めてと言われましたね(笑)」
 アトリエの大きな窓から見えるのは、広大な雑木林。野鳥の声に耳を傾け、小動物や昆虫を眺め、植物の生命力を感じながら創作活動を行う。
 「雑木林に行くと、目には見えない精霊の気配を感じます。僕はその気配を感じ、パワーをもらっている。自分の中に生まれる植物の力を描きたいと思っています」
 言葉の通り、伊豆高原に移り住んでからの作品は、明るい色彩で描かれることが多く、見ているだけでのびやかで開放的な空間を感じます。
 「伊豆高原は住めば住むほどいいところが見えてくる不思議な土地です。空気もきれいで、澄んでいる。生きることが気持ちいいと感じることができます」

右手で絵を描き、左手でお金を稼ぐ

小さい頃から絵を描くことが好きだった谷川さんが画家になろうと決めたのは中学2年生の頃。誰にも教わることなく、我流で描き続け、独自の画風を切り開いた。
 「絵は教えてもらうものでも、教えるものでもない。自分の内にあるものを掘り当てて、それを描く。そして、大切なのはどのような境遇でも自分のオリジナルの絵を描き続けることだと思います」
 画家を目指すと決めた時から、画家で食べていくのは至難の業だと思っていた谷川さん。絵を描くためには、他で仕事をして収入を得ることが必要と思い、18歳の頃からコックや展示会のディスプレイ会社で働く。
 「右手で絵を描き、左手で何かお金を稼ぐことをしようと思って。でも、どの業界も忙しくて、働いていたら絵を描く時間もとれないし、志を共にする仲間にも出会えない。葛藤の時代でした」
 そんなとき、偶然の出会いが実を結び、戦後の前衛美術の中心と言われ『読売アンデパンダン展』に出品。画家として大きな一歩を踏み出しました。
 「絵はその時代を映し出す鏡です。1960年代は政治も芸術も混迷していたから、美術作品にもその混乱の様子が描かれているものが多い。70年代に入るとアメリカのポップカルチャーが日本に入ってきて、私たち日本人はそれをどんどん受け入れていったんです。僕はその様子を自分の感性で描きました。当時の絵を見返すと、そのときの時代背景がわかります」

伊豆の自然を守りたい 想いがつまったイベント

40代で画家一本の生活を送れるようになり、同時に文筆業も始めた谷川さん。人の言葉や批判に惑わされることなく、自分の言葉で伝えたいと思ったのが、執筆を始めたきっかけ。
 「宮迫も文章を書くことが好きで、二人で思ったことを書いていたらいつの間にか本になっていた。書くという行為は自問自答しながら進める作業なので、書くことで自分の考えが整理されているのを感じます」
 そして還暦後に出版した絵本「かずあそび ウラパン・オコサ」は、小学生の課題図書に選ばれ、多くの児童に読まれるなど、年を重ねるごとに谷川さんの人生は忙しくなっていきます。ライフワークの一環として行う伊豆高原アートフェスティバルも今年25回目を迎えました。
 「僕たちが引っ越してきた時は、バブル経済の真っ盛り。この辺もゴルフ場開発がすすめられていたんですけど、なんとかして自然環境を守りたいと思ったんです。その後、バブル経済が崩壊し、開発もストップ。それなら環境保護運動を取り入れたアートフェスティバルを行おうと思って始めたのがこのイベントです」
 毎年5月になると、プロアマ問わず芸術を愛する人たちが参加し、お店や作品を出店。多くの人が集まる地域イベントとして、なくてはならない存在にまで成長しました。

人との縁を大切に 人生はつながりの連続

伊豆高原は坂が多いので、どこに行くのも軽い運動になりますよという谷川さんですが、毎日の散歩は欠かさないそうです。
 「天気が悪い時以外は、夕方、家の周りを30分くらいかけて散歩します。いつも見ている景色でも、気温や季節、天候で毎日違います。散歩の途中で近所の人にあっておしゃべりするのも楽しいですよ。話をするうちに意気投合して一緒に仕事をすることになった人もいる。人の縁というのも不思議なものです」
 滋養強壮剤との出会いも人の縁から始まったそうです。
 「昔の友人が教えてくれたのがきっかけです。体調管理の一環として飲み始めています」
 年々早寝早起きになり、毎朝ラジオ体操をし、午前中に用事を済ませ、午後は自分の時間。マイペースにやるべきことをこなす日々。体調管理で気をつけていることを伺うと
 「なるべく自分のペースで生活することです。無理はせず、自分の気持ちに正直でいること。いくつになってもやりたいことを見つけること。やりたいことがあれば、自然と前向きになれますよ」
 谷川さんのこれからの目標は趣味で集めた雑貨を展示する美術館をつくること。そのために何をしたらいいのかを常に考えている。
 「やりたいことがあるから、生きるのが楽しい。生きることは楽しむことです」
 今日も、これからも、多くの人の記憶に残る作品を描き続けてください。

1938年生まれ。伊豆高原在住。63年に読売アンデパンダン展に出展。その後は絵画制作と並行して美術批評などの文筆活動も開始し、エッセイスト、絵本作家など多方面で活躍している。

谷川さんと交流のある由布院温泉のイベント
東 勝吉賞 水彩画公募展『陽はまた昇る〜83歳からの出発〜』は2018年秋に開催予定。

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