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トーク・マイ・セルフプリベンション
公益社団法人 日本フェンシング協会会長 太田 雄貴

フェンシング界を改革する31歳で会長に就任

公益社団法人 日本フェンシング協会会長 太田 雄貴 2008年北京、12年ロンドンと五輪で銀メダルを獲得し、フェンシングの魅力を日本に伝えたフェンシング界の元エース太田雄貴さん。引退後は 31 歳の若さで日本フェンシング協会の会長に就任。就任後は、元トップアスリートとしての視点を活かしたさまざまな改革が注目を集めています。選手引退後の人生はどのように考えていたのでしょうか。
「実は、何も考えていなかったんです(笑)。メダルをとるまでは、先輩たちの歩んできた道を通っているという感覚が強かった。でも、初のメダル獲得となった後は世界が変わりました。取り囲む環境もすべて変わり、それからは自分で人生を決めていかなくてはいけなくなったんです。経営に興味があったので、引退後はMBAを取得したいという気持ちはありました」
 アスリートとしての経験を最大限に活かし、フェンシングを魅力あるスポーツに成長させ、フェンシング人口を増やしていく。やりたいことはたくさんあった、といいます。
「現役時代、メダルをとったことでフェンシングの認知度があがったことは実感できましたが、フェンシング人口はあまり伸びませんでした。当時は、選手も協会も“勝つこと”だけしか考えていなかったところがあります。その意識を改革して、もっと多くの人が楽しめ、見に行きたいと思える魅力あるスポーツにしたい。そこから改革を始めました」
 最初に着手したのは、大会全体の見直し。会場を満員にすることを目標に、全日本選手権の会場をカラフルにライトアップ。どちらにポイントが入ったのかをわかりやすく表示し、ルールがわからなくても楽しめるよう、選手が場内ラジオを通して競技の解説を行うという策を導入。結果的に前年比500%以上という驚異的な集客に成功しました。

成功体験を積み重ねると自分に自信が生まれる

公益社団法人 日本フェンシング協会会長 太田 雄貴 周囲は不安だったと思いますよ、と笑顔で語る太田さん。
「 31 歳の若さで会長になり、いきなり大会の手法を変える。みんなよく任せてくれたなと思います。今までやってきたことを変えるのは、やはり大変でしたし、いろいろなことがありました。でも、成功したことで気持ちが一つになり、やってよかったと思える。みんな成功体験が必要なんです」
 太田さん自身、小学校3年生からフェンシングをはじめ、優勝を経験したことで競技を続ける自信を得たと続けます。
「小さな成功体験の積み重ねが、次への原動力になります。今は会長として、協会を盛り上げるために活動するスタッフや選手として頑張る後輩たちをどのように育てていくか、メンタル面の強化も重要なポイントだと思っています」
 今年1月には、体制を強化するため新たな人材を採用。即戦力として働ける人を採用するため転職サイトと組み、戦略プロデューサーの4職種を公募。1127名の応募者が集まりました。
「4名の枠にこんなに優秀な人が応募してくれた。この作戦は間違っていなかったと確信しました。みなさん、その分野のプロで僕に不足している部分を補ってくれる優秀な仲間です。みんなでもっとフェンシング界の未来を明るくしていきたい。そう思います」  この採用方法は他のスポーツ業界にも広がり、大きな影響を与えています。

過去を思い出すより今を一生懸命生きたい

公益社団法人 日本フェンシング協会会長 太田 雄貴 好きな言葉は“継続は力なり”。続けることで見えてくるものがある。逆に続けなければ見えてこないといいます。
「僕は小学校3年から大学3年まで、一日も練習を休みませんでした。それは義務というよりも、練習することが日常の一部になっていたからです。その結果、オリンピックでメダルをとることができた。やめたいと思ったこともありますが、“やめて何が残るのか”と、自問自答していました。投げ出さず、続けてきたからこそ、得られたものは大きく、それが今につながっている。 続けていてよかったと心から思えます」
 自らの経験があるからこそ、いえる言葉。勝つためにさまざまなプレッシャーやストレスをどのように乗り越えてきたか尋ねると、
「僕は寝たらすぐに忘れちゃうタイプなんです(笑)。当時大変だったこととかあまり覚えていないんですよ。過去のことを思い出すより、今を精一杯生きたいタイプです」
 選手だったころは食生活にも気を配っていた太田さんですが、今は嫌なことや辛いことがあったら、仲間と食事をしたりお酒を飲んだりして、気晴らししていますと笑顔です。
「健康管理というほどのことは、何もしていません。アスリートだったので、自分の身体のことは自分が一番よくわかっています。何をしたらいいか、身体は何を欲しているか。身体の声を聞くことも体調管理の一つだと思います」
 ときにはサプリメントも取り入れながら、ベストなコンディションを保つ努力をしているそうです。
「キヨーレオピンも試してみたいですね。カプセルに入れて飲むタイプは初めてなので、楽しみです」

今後の目標はフェンシングの発展と普及

2020年を目前に控え、フェンシングの楽しみ方を伺いました。
「フェンシングは一瞬で勝負が決まるスポーツです。相手を突く・相手に突かれる。これをまずは見てもらいたいです。スピードのある競技なので、まずは選手同士の攻防戦を見るところからはじめてみてください」
 ルールは難しいので、特に覚えなくても大丈夫ですよ、と太田さん。
「ルールを覚えないと楽しめないスポーツにしたくないんです。見ていて楽しいと思えるような演出をして、観客と選手が一体になる。そんな空間を僕たちがつくり上げればいい。そうしたいと思っています」
 オリンピック成功に向けて、さまざまな分野の人たちが気持ちを一つにし、準備をする。この一体感もモチベーションアップになっているそうです。今後の目標について尋ねました。
「フェンシングは子どもからお年寄りまで楽しめるスポーツです。バランスをとるので体幹は鍛えられるし、集中力も高まります。興味をもった人が簡単に体験できるような環境をつくりたいです」
 日本のフェンシング界を盛り上げるため、改革に取り組み、多くのアイデアを実行していますが、それに対し不安もあるといいます。 「まずは、僕がいなくてもまわる協会にしたいというのが一つ。そして、フェンシングといえばいまだに僕の名前が出ますが、そろそろ新しい選手が出てくるべきなんです。新しいフェンシング界のエースを輩出するためにも、2020年は重要です。その成功がこれからのフェンシング界を大きく変えると思います」
 強い意志と向上心をもち、前向きに生きる太田会長。今後の活躍を期待しています。

公益社団法人 日本フェンシング協会会長 太田 雄貴

1985年滋賀県出身。2008年北京五輪で男子フルーレ個人で日本史上初となる銀メダル、12年ロンドン五輪団体で銀メダルを獲得。引退後、17年8月日本フェンシング協会会長となり、18年12月には国際フェンシング連盟副会長に就任。

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